大判例

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福岡地方裁判所小倉支部 昭和47年(人)1号 判決

請求者

大田花子

代理人

難波貞夫

被拘束者

大田実

代理人

小川章

拘束者

小田一男

代理人

張有忠

主文

被拘束者を釈放し、請求者に引渡す。

本件手続費用は拘束者の負担とする。

事実

請求者代理人は主文同旨の判決を求め、請求の理由として

一、請求者大田花子は拘束者小田一男と昭和三十九年九月三十日結婚式を挙げ、同年十月二十三日拘束者の本籍地たる神戸市灘区役所に婚姻届をなし、爾来昭和四十二年六月十日まで神戸市生田区において同棲し夫婦生活を営み、その間昭和四十年十月十六日被拘束者を出産したが、昭和四十二年六月十日頃拘束者と別居し、被拘束者と共に実家である肩書住所地の母大田とめ方に帰住し、同女の経済的援助を受ける傍ら自ら種々稼働して被拘束者を養育し、拘束者との再度の共同生活を期待したが、拘束者がその実母の小田はる方で一条光子なる女性との同棲を継続したこともあつて、右期待は結局実らず、昭和四十三年七月頃拘束者を相手取つて神戸家庭裁判所明石支部に離婚調停を申立てて同調停は不調に帰したが、請求者の再三の懇請により、昭和四十四年一月十四日に至り漸く協議離婚の合意が成立し、被拘束者の親権者を請求者と定めた上その旨の届出を了えた。

二、ところで前項別居及び離婚の原因は、専ら拘束者の非常識な性行殊に極端に不検束な女性関係にあつたが、拘束者は離婚後も口実を構えて請求者に附纏い、自らは下関市等において現在の妻木村富子なる女性と既に同棲しているに拘らず之を秘し、請求者にとつて不可解に多額な現金を送付し来る等して復縁を迫り、昭和四十六年七月二十日頃請求者の復縁拒否の決意が固いことを知るや、同月二十二日午後八時頃知人金子一夫らと相謀り神戸市生田区所在の同人経営に係る神戸宝石教室において請求者を脅したり欺したりした挙句請求者の手許から被拘束者を連れ去つた儘沓として所在を晦した。

三、請求者は拘束者に被拘束者返還の意思がないことを察知するや、警察、裁判所その外各方面の官公署に被拘束者の所在調査及び取り戻し方法を照会する等し、若干の日時を費したが、その間被拘束者取り返しの努力を怠つたことはないところ、漸くにして被拘束者は拘束者とその妻富子及びその間の幼児一名と共に北九州市において生活していることが判明したが、拘束者は請求者の再三の懇請に拘らず被拘束者を請求者の手許に返そうとしない。

四、よつて拘束者は親権者たる請求者の意に反し、なんら権原なく被拘束者の自由を侵害し拘束を継続しているものであるから、直ちにその釈放と引渡を求めるため本件請求に及ぶ、と陳述し、拘束者の主張事実中被拘束者に対する親権につき拘束者が親権者変更審判の申立をなし、該事件は現在福岡家庭裁判所小倉支部に係属中であることは認めるが、その余は否認する、仮に被拘束者の引渡が請求者の自由な意思に基いたものとすれば、右は監護の委託であるから、請求者は拘束者に対し、昭和四十七年三月二十二日の本件第二回審問期日において委託契約解除の意思表示をした、と述べ、

疏明〈略〉

拘束者代理人は「請求者の請求を棄却し、被拘束者を拘束者に引渡す。手続費用は請求者の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、請求者主張の請求の理由のうち第一項の事実、第二項中請求者主張の日時、場所において拘束者が被拘束者を連れ去つたこと及び第三項中被拘束者が拘束者、その妻富子及びその間の幼児一名と共に現に北九州市内において生活していることは認めるが、その余の事実は否認する、拘束者の監護拘束にはなんら不当違法な廉はない、即ち、拘束者は離婚後も尚請求者、被拘束者との共同生活の望みを捨てず、単身九州に就職したものの、昭和四十五年一月頃から昭和四十六年六月頃まで毎月平均金五万円ないし十万円の生活費、養育費の送金及び洋服その他日用品の送付を続けた外毎月一回は神戸に帰り被拘束者らの近況を確かめる等誠意を尽したのに対し請求者は離婚後放恣な異性関係を持ち夜間外泊勝ちであるのみならず生活能力に乏しく被拘束者の円満な監護に欠けること甚しかつたので、拘束者は止むなく請求者に対し被拘束者の引渡を要求した結果請求者の承諾を得て被拘束者を引取り現在まで養育しているが、被拘束者は請求者の膝下にあつた時と異り明朗豁達な幼女に成長し、継母富子にも良く懐き、今春無事幼稚園を了えたもので、その間拘束者の監護に欠けるところはなかつたし、親権についても拘束者は親権者変更審判の申立をなし、該事件は現在福岡家庭裁判所小倉支部に係属中である。以上のとおり、被拘束者の監護は今後も拘束者において之にあたるのが被拘束者の幸福に副う所以であることは明らかであり、拘束者の現在の監護拘束になんら不当違法な点は存しないから、請求者の本件請求は失当として速やかに棄却された上被拘束者は拘束者に引渡されるべきである、と述べ、

疏明〈略〉

理由

請求者主張の請求の理由のうち第一項の事実、第二項中請求者主張の日時、場所において拘束者が被拘束者を連れ去つたこと、第三項中被拘束者が拘束者、その妻富子及びその間の幼児一名と共に現在北九州市内において生活していること及び拘束者が請求者を相手取つて被拘束者につき親権者変更審判の申立をなし、該事件は現在福岡家庭裁判所小倉支部に係属中であることは当事者間に争いがない。

ところで被拘束者は現在六年五月余の年令であるから、未だ意思能力のない幼児というべきであり、拘束者が監護方法として意思能力のない被拘束者を手許に置く行為は、当然被拘束者に対する身体の自由を制限するもので、それ自体人身保護法、同規則にいう「拘束」に該ると解せられるところ、人身保護法による救済の請求においては、人身保護規則第四条本文により、拘束の違法性が顕著であることがその要件とされているが、離婚した男女のうち親権を有する一方が、他方に対し、人身保護法により、その親権に服すべき幼児の引渡を求める本件のように、法律上監護権を有するものから監護権を有しないものに対する請求がなされた場合、拘束の違法性が顕著か否かは、共同親権者相互間の人身保護請求における若干趣きを異にし、請求者拘束者双方の監護の当否を比較衡量した結果請求者に幼児を引渡すことが明らかにその幸福に反するものであるか否かを主眼として判定さるべきものと解すべきが相当であり、請求者に引渡すことが明らかに幼児の幸福に反するものでない限り、仮令拘束者において自己を監護者とすることを求める審判を申立て又は訴を提起している場合であり、しかも拘束者の監護が平穏に開始され且つ現在の監護の方法が一応妥当なものであつても、当該拘束はなお顕著な違法性を失わないものというべきである。

そこで以下、本件において、被拘束者に対する拘束の違法性が顕著であるか否かについて判断するに、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が一応認められる。

一、拘束者小田一男は兵庫県立兵庫高校卒業後昭和三十七年太洋物産株式会社に入社して商品先物取引のセールスマンをするうち同様右会社の従業員であつた請求者と恋愛結婚したが、女性関係に極めてルーズな性行の故もあつて結婚当初から夫婦間の争いが絶えず結局別居離婚するに至つたが、離婚後も請求者や被拘束者に対する未練を捨てきれず、神戸市、下関市、福岡市等において私立探偵業、商事会社勤務等職業を転々とし乍らも請求者に対し昭和四十五年一月頃から翌四十六年六月頃まで生活費、養育費として毎月数万円を、同年二月頃と四月頃に合計金二百九十二万円を送付する等して請求者の歓心を買わんと努めたが、昭和四十五年七月頃下関市所在岡安商事株式会社在勤中同社の従業員であつた現在の妻富子と知合い、同年十二月同棲し、翌四十六年五月七日には長男昇が出生し且つ右の事実が請求者に露見したのみならず自らも請求者の後記男性関係を聞知して痛く失望し、憤慨する余り、自己の非を省ることなく、暴力的手段を弄して請求者の再婚を妨害すると同時に請求者の不品行に藉口して被拘束者を引取るべく画策し、昭和四十六年七月二十二日頃知人の金子一夫夫妻と謀り、請求者を威したり賺したりした挙句被拘束者の引取りに成功したこと。

二、拘束者は現在の月収二十ないし三十万円を有し、経済的には一応安定した生計を保持し、被拘束者も今春北九州市において無事幼稚園生活を終え就学を待つばかりの状態であり、家庭的には継母富子に懐き、拘束者の監護方法は現在のところ外形的には格別疑問を生ずる余地は存しないが、拘束者の過去の行状、年令等からみて将来の結婚生活が必ずしも平穏無事な状態ばかりであるとは到底予想されないこと。

三、一方、請求者は、別居後、被拘束者の日常を主に母大田とめの手に委ね、自らは外に出て稼働すると共に兄弟の援助協力を得てどうやら生計を維持したが、昭和四十四年五月頃から約一年半の間勤務先の上司と性関係を持つたこと及び昭和四十六年五月頃田山某との再婚話が持ち上つたことの外に現在まで男性と交際の事実はないこと、然し乍ら右の男性関係を知つた拘束者から種々威されたり嫌がらせをされたりし、また受領した生活費等につき預け金返還訴訟を提起され、詐欺罪として告訴され、且つ親権者変更の調停及び審判を申立てられ、結局前記受領金のうち百五十万円は返還したものゝ、極度に畏怖した心理状態にあつた昭和四十六年七月二十二日頃金子一夫夫妻の強引な懲慂に負けて心ならずも被拘束者を拘束者に引渡すに至つたが、その直後頃から官公署、知人間を奔走して被拘束者引取り方に努力し、万策尽きて本件申立に及んだこと、請求者の母、兄弟は将来被拘束者を請求者の兄の養子にしてでも良縁があれば請求者を再婚させたい意向を有するのに対し請求者は再婚するにせよ独身を通すにせよ全て被拘束者の幸福を中心に行動すべく固い決意を抱いていること。

四、現在、本件利害関係人の年令は、請求者が三十年、拘束者が三十二年、被拘束者が六年五月余、小田富子が二十一年、大田とめが七十三年、小田昇が十月余であること。

以上の事実に基いて考えるに、拘束者は、被拘束者を引取るに当つては必ずしも請求者の自発的な意思に出たものでないにせよ請求者の手から無理やり奪取したものではなく、現在も父親として相当の愛情をもつて被拘束者を監護しており、被拘束者もまた拘束者やその妻富子にある程度懐いていることが窺えるのであるが、拘束者の監護期間が八ケ月であるのに対し請求者側の監護期間はそれ以前の四年一月余に及んでいるばかりか六年五月余の幼女の年令を考慮すれば今後の円満な精神的発育及び性格形成のためには実の母親の愛情が何よりも必要とされ且つ期待されることは社会通念上明らかであるし、請求者も被拘束者を迎え入れて右期待に充分応えうるであろうことは前認定の事実から容易に察知できるところである。

成程請求者は離婚後一人の男性と過ちを犯したことはあるが、之とてもその前後の経緯に照し必ずしも請求者独りを責むべきものではなく、ましてや被拘束者の今後の幸福に支障をもたらすべき性質のものではないし、また請求者が将来再婚に当り被拘束者を自己の監護の外に置くかどうかについても、請求者らの配慮宜しきを得れば被拘束者にとつて必ずしも悲観的な予測しかできないものでない。

以上の点を彼此考えると被拘束者はこの際親権を有する請求者の手許に連れ帰されることがその幸福を図る所以であつて、本件は親権者である請求者に対する引渡が明らかに幼児の幸福に反する場合とは到底認められないのである。

果して然らば本件のように、離婚後親権を有しない男女の一方が現に親権者変更の審判を申立てゝおり、その拘束が必ずしも暴力的な奪取等により開始されたものでなく且つ現在の監護方法が一応妥当なものであつても、拘束者の被拘束者に対する現在の拘束は顕著な違法性あるものというを妨げない。

なお、本件申立は昭和四十七年二月十四日なされており、被拘束者に対する拘束が開始された昭和四十六年七月二十二日頃から約六月と二十日を経過しているが、前示拘束開始後における経緯に徴すれば、右時間的経過をとらえて人身保護請求における緊急性を欠くとすることは相当でない。

よつて、請求者の本件請求は理由があるので、之を認容し、被拘束者を釈放し、被拘束者が幼児であるところから之を請求者に引渡すことゝし、手続費用につき、人身保護法第十七条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(安東勝 鍋山健 中田耕三)

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